製菓会社の社長を誘拐したり、お菓子に青酸カリをいれて身代金を要求した事件があって、その犯人からの指示の電話の声に子供の声が使われていた。そこを題材に物語にしてあるのがこの映画です。
主人公は二人。星野源と小栗旬です。親から受け継いで服の仕立て屋をしている星野源が父親の残した古い品々の中にカセットテープと手帳を発見する。そのテープを聞いてみたら、自分が子供のころに歌をうたってるのが入ってて、それとグリコ森永事件の子供の声が入ってた。
手帳には英語でなんかいろいろと調べた情報みたいなのが書かれていて、グリコ、森永の記述もある。あの指示を読み上げていた子供の声は自分の声だったのかと衝撃をうけた星野源は事件を調べ始める。
小栗旬は新聞記者。文化部で適当に記事をこなすお気楽記者なんすけど、社会部の仕事の手伝いで過去の事件を調べるためにロンドンにとんだりする。それでグリコ森永事件も調べることになって過去の関係者をたどっていく。
前半はずっとこれが続く。誰かに会いにいって話をきいて、また誰かに会って話聞いてっていう感じのワンパターン。こりゃもう居眠りしちゃう。最初は事件の真相がどうなのかっていう興味でわくわく見てたんだけど、さすがに飽きるね、こう一本調子が続くと。
犯人グループも簡単にわかるんですよ。え?みたいな。これって犯人捕まってない未解決事件だったと思うけど、何十年もあとに一人の記者が片手間に調べるだけで簡単に真相にたどり着いてる。そんなことあるのかなあみたいな。
ほんと簡単すぎるんすよ。犯人グループが集まってた小料理屋とかすぐたどり着いてる。あまりにもあっさりと犯人グループと犯行が明らかになっていきます。うーん、事件の真相がどうかというより、犯人の自分勝手な思いの犯行によって、未来を潰された人たちがいる。そこを描きたいというドラマなんですよね、これは。
だったらさ、前半の事件調査のくだりはもっと適当に少なくして、星野源ら、声を使われた子供たちがどういう気持でどういう人生をおくってきたのかという部分を中心にしたドラマづくりをしてほしかったですね。
声を使われた3人の子供たちを主役にして彼らの人生を描写するのをメインにして描くべきじゃないすかね。どうもその重要なところがすっぽり抜け落ちてる感じがしました。上映時間は2時間超えてて長いのに、子供たちのことは後半バタバタと済ませる感じで物足りない。
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