萩尾望都と竹宮恵子でなにか企画をやろうと思ってる人たちが、この本を読んで、ああそういうことならそっとしておきましょうってなるだろうか?おもしろいおもしろいって、もっとしつこく言ってくるような気がします。
過去にあったことで、もう振り返りたくもないことをいつまでも突かれるとき、どう対応するのが正解で効果的なんでしょうね。ノーコメント、無反応を貫き通すしかないような。なにか反応しちゃうと、それでまた新たな反応を引き起こす。これでお終いと宣言しても周囲はそれで納得するとは限らないわけで。
なんか大泉の一軒家で竹宮恵子と萩尾望都ら少女漫画家たちが暮らしてたのを、トキワ荘みたいな感じで伝説にしたいという人たちがいるみたいです。「大泉サロン」「24年組」と名付けて。
大泉のことは、この本を読めばよくわかるし、竹宮恵子の本「少年の名はジルベール」もあわせて読めばおぼろげにその時代のことがわかる。
真実がどうとか、原因がどうとかはわからないんすけど、必死でマンガを描いていたということは本当だったというのがよくわかったなあ。ぎりぎりの状態。追い詰められたぎりぎりの精神でマンガを描いていた。
余裕があるように見えた竹宮恵子も追い込まれていたし、萩尾望都のほうもマンガをなんとしても描き続けていくんだという気持ちで追い込まれていた。なにかをきっかけにピリピリした空気が流れ出すのも当然か。
そういう若いときのピリピリしてるときにうけたショックっていうのはなかなか薄まらない。周囲の人間は、もう何十年も前のことなんだから、いつまで言ってるんだ、いろいろあったけど水に流してどうのこうのみたいな適当なこと言うだろうけど、そういうことじゃないんだろね。
まあ、無防備のところに強烈なパンチをくらってしまったから、ショックが大きすぎたんだなあ。竹宮恵子に盗作を疑われたことが相当こたえた。萩尾望都にはまったくそういう意識がなかった。お互いアイディアを語り合ったり、構想のスケッチを見せ合ったりしていた。
モチーフが似ることに無頓着だったが、一方はそうではなかったっていうね。
まあ、大泉サロンを伝説化したいんだろうね。人生の総決算というかさ。永遠に語り継がれるような伝説を手に入れたい人がいるんでしょう。
若い少女漫画家や編集者たちが集い、切磋琢磨した夢の梁山泊として大泉サロンを語りたいってわけ。でも実際はもっとドロドロというか、将来の不安の中で鬱々としたり、焦りや絶望で押しつぶされそうになりながら必死にもがいていた暗黒時代であったかもしれない。
トキワ荘だってそうですよねえ。夢や希望にあふれた若手漫画家たちの青春の場として伝説化してるけど、実際は夢と希望ばかりではなかったはずだし。
DMMブックスで「一度きりの大泉の話」を読む