だから犯行のシーンとかは回想で1シーンあるぐらいで、あとはほとんど法廷のシーン、刑務所のシーン、生活してるシーンです。事件のことを描くと思って期待してた人にとっては肩透かしもいいとこでしょうね。
ザック・エフロン演じるテッド・バンディと、その婚約者だった人リリー・コリンズ。そこの関係を軸にしてある映画であると思えば、まあこんな感じなのかなみたいな出来栄え。まあ、あんまりおもしろいっていう感じでもなかったけどね。
まあ、どうなんすかね。連続大量殺人犯といえば必ずでてくるテッド・バンディ。今まで何度も映画やドラマや小説やらなんやらで取り上げられてる。今更、何か新機軸があるわけでもないだろうし、犯行を描くだけのサイコスリラーみたいなのを今更やっても仕方ないような気がするし。
テッド・バンディと女たちっていう切り口になるのかなあ。まあ、それでもそれほど突っ込んだ話にはなってないような気がしたけどね。婚約してたリリー・コリンズと最後、法廷戦になってからのパートナーであるカヤ・スコデラリオ。この二人の女性との関係を描くみたいな。
僕を信じろ、一緒にいつまでもいようという言葉を信じてしまったがゆえに、悩み苦しみことになるリリー・コリンズ。一度、誘拐殺人の事件の犯人の似顔絵にテッド・バンディが似てるということで通報してるんだけど、深く突っ込むことはなかった。
後にそこでもっと強く出ていれば、のちの犠牲者を減らせたのではないのかという苦しみに悩むことになる。女性を翻弄し、信じ込ませる謎の説得力をもつ男だったっていうことですかね。
女性とすぐに親密になれる能力っていうか、そういう雰囲気がある男だったみたいですね、テッド・バンディは。裁判にも傍聴席にテッド・バンディのファンの女性がいっぱい来てたりしてたみたいです。テッド・バンディガールズか。
物腰やわらかく、楽しげで知的な雰囲気もあって、なんだかすごくいい男風なのに、犯行の残忍さとの落差があって、それが怖いですね。殺し方がひどい。ただ殺すだけじゃなくて、痛めつける、破壊するみたいな凶暴で残忍な行為を女性に対してやってるんすよ。
噛み付いたりとかね。それがなんか怖いじゃないすか。女性嫌悪というか、憎悪みたいなのがあったのかどうかは知らないけども、女性を壊したいと思ってる男が、普段は女性から見ていい男に見える振る舞いをしていた。それが自然にできるやつだったというところが、恐ろしい。
この映画ではその残忍な部分はほとんど描かれない。それが作り手の意図なのかなんなのかはよくわかりませんが、テッド・バンディのことを知らずに見てたら、実はザック・エフロンは犯人じゃないのかもしれないとか思っちゃいそう。
2度も脱獄します。あの脱獄は実話なんすかね?休憩時間に裁判所の窓から飛び降りて逃走。刑務所の天井を切り取って逃走。裁判はテレビ中継。自分で自分を弁護。そして死刑判決。うーん、なにがなんだかよくわからない人だ。
なんかちょっと神格化して見ちゃうとこありますね。連続殺人犯とかを。テッド・バンディは確認できてるだけで30人でしたっけ。余罪は2倍とも3倍とも言われてる。そういうことしたやつだから、普通とは違う超越した人間なんだって思い込んじゃうとこあるからなあ。
頭がいいとか言っても、自分で弁護やって無罪になってたらそりゃすごいってなるけど、実際は有罪で死刑。女を魅了する手練手管にたけてる魅力的な男っていっても、実際は手にギプスをまいてけが人を装って荷物を運ぶのを手伝ってもらうという手口を使ってて、そんなスマートじゃない。
テレビ中継されたりメディアがこぞって取材したりしたから、頭がよくてハンサムでみたいなキャラクターになっていったとこあるんでしょうね。そんなことないですかね。悪のスーパースターとしてキャラ付けして有難がりたい気持ちが、テッド・バンディを神格化してしまうってとこあると思うなあ。
まあ、映画としては何が描きたかったのかイマイチな映画でしたけど、見所はリリー・コリンズの新しい恋人役でハーレイ・ジョエル・オスメントくんが出てきたところですかね。リリー・コリンズが勤めてるところの同僚役で出てきて、あ、ちょい役なのかなって思ったら、後半、リリー・コリンズと付き合いはじめて少し出番が長くありました。
まあ、いなくてもいい役だったけどね。なんかハーレイ・ジョエル・オスメントが演じた役は実際にはいなくて創作のキャラだったらしいですね。リリー・コリンズはテッド・バンディへの愛情と疑惑に板挟みになる。
最後の面会で疑惑が確信になり、テッド・バンディから完全に離れることができる。そういう話かあ。
DMM動画で「テッド・バンディ」を見る