永遠に生きること、栄光が永遠に続くことを手に入れようとしてモンスターになっちゃった悲しき人間の話。
なんだろ。「サンセット大通り」とか「永遠に美しく」とかそういう映画の流れにある映画だったかな。女がそう願ってしまうのは、男たちがそういう若くて美しい女にしか価値がないという世界を作っているからだという視点があるのが現代風なとこかな?
まあ、グロいモンスター映画に後半なっちゃう。もう笑っちゃうぐらいほんとB級映画みたいなムードなんですよ、最後。シリアスなドラマ、真面目なリアリティがあるドラマを見たい人にはおすすめできない。
自分が分裂して若い自分が生まれてくるという設定も、描かれるテレビ番組のプロデューサーの露骨な男尊女卑も、フィットネス番組のエロすぎるカメラワークも、すべてが寓話的というかデフォルメされたもので、現実をそのまま描いているわけではない。
ここまで全部がおとぎ話風に振り切ってると、潔いけどね。作り物感がすごくて、入り込めないっていう人も多いかも。逆にこの作り物感がくせになるっていう人も多いかも。
でもさ、はたと思ったんだけど、これデフォルメされてないのかなってちょっと思って怖くなった。これ現実にいるよな、あるよなみたいな。男性の描写がとくにそう思うんだけど、あれ?これって普通にいるよなってなって怖くなった。
これデフォルメされてるようでされてないんじゃないか……って。怪談だよ、これ。
デミ・ムーアが演じるのはハリウッドのスーパースター女優。若いときに大人気で、数々の賞を受賞し、脚光をあびた有名女優。そして今は50歳になって、よくわからないフィットネス番組に出演してる。
デミ・ムーアの女優としてのかつての栄光と今の状況の描写を、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームの状態を映すことでざっくりと説明しちゃいます。栄光をたたえてハリウッドの大通りの地面に星型のプレートが名前とともに埋め込まれる。
作られたときは、観光客が記念撮影する。時間がたつと、誰だっけ?ってなって、さらに時間がたって、誰も立ち止まることもなく素通りされていく。プレートにはヒビがはいっていて、彼女の栄光は忘れ去られている。
テレビ局のプロデューサー、デニス・クエイドはもうデミ・ムーアはババアだから首で、若い女を新たに使おうってことにする。またこの男がギトギトのコテコテのパワハラセクハラおやじ風で、名前がハーヴェイだっけ、こってこてやなあって感じ。
ハーヴェイ・ワインスタインがモデルのキャラだと思うんだけど、ハーヴェイ・ワインスタインはアイコンになっちゃったな。こういう女を食い物にするゲス男は全部、ワインスタインとかハーヴェイとかの名前になるぐらい。
番組から降ろされたらもうわたしは終わりだって、デミ・ムーアは気が気じゃない。それで交通事故起こしちゃう。幸い怪我なしで、そのときいた看護師の男からなぞのメモリースティックと電話番号をもらう。
それを見るとサブスタンスというサービスの説明。なんかよくわかんないんだけど、新しい自分になれるとかなんとかで、藁にも縋る気持ちで電話してサービスをうけることにする。
指定された住所に行くと、貸金庫みたいな部屋があり、そこにはサブスタンススターターキットの箱があって、持ち帰ってさっそく注射すると、デミ・ムーアの背中が割れてそこからマーガレット・クアリーが出てくる。
若くて新しい自分と、老いた自分と、7日間交代するシステム。なんかこれもよくわからないんすよ。マーガレット・クアリーはデミ・ムーアなんだけど、精神は別なんすよね。デミ・ムーアの精神がマーガレット・クアリーの肉体に入るわけじゃなくて、二人はそれぞれ個別の記憶をもつようです。
マーガレット・クアリーとして過ごしたときのことは、デミ・ムーアはわからないし、デミ・ムーアで過ごしたときのことは、マーガレット・クアリーに記憶はない。
でも二人は一人なんすよ。
なんかこれがよくわからないというか、他の若返りもの映画とは違うポイントですかね。若く美しくあるわたしとデミ・ムーアがイメージする姿がマーガレット・クアリーであるということかあ?
ドラゴンボールで言ったら、ピッコロと神様みたいな関係ですかね?ドリアン・グレイの肖像とかみたいな感じなのかな?
若くてピチピチの肉体のマーガレット・クアリーは、フィットネス番組のオーディションを受けて合格する。デミ・ムーアがやってた番組の後番組をマーガレット・クアリーがやって、彼女はスターになっていくのだが……。
まあ、7日間で交代するというルールを当然のようにやぶるようになって、副作用でデミ・ムーアの老化が進んだりとかして、デミ・ムーアとマーガレット・クアリーがいがみ合うようになって殺し合いになっていく。
自分と自分が殺し合う。一人の人間のなかで起きてる葛藤を映像で見せてくれてるという感じです。デミ・ムーアはマーガレット・クアリーの暴走に怒ってサービスを終了させようとするんだけど、マーガレット・クアリーの若さを捨てきれずとちゅうでやめるのをやめちゃう。
マーガレット・クアリーはデミ・ムーアの老いや衰えを見ていたくない。ものすごい憎悪でデミ・ムーアに襲いかかって、ボコボコにボコる。
若いままでいられるならどうなってもいい。成功できるならなんでもやる。老いて普通の平凡な人生なんていらない。マーガレット・クアリーは安定剤として、デミ・ムーアの骨髄液?が必要なんだけど、7日間こえて搾り取りすぎて枯渇してしまう。
このままじゃ死ぬってことで、最初に打った注射を自分に打ちます。そしたら背中がパクっとわれて、怪物が生まれる。
モンスターになって、特番の収録会場にあらわれたデミ・ムーアとマーガレット・クアリーがまぜあわさった肉塊のバケモノが血を吹き出し、会場の人間たちに降り注いでパニック。
ボロボロになったモンスターは会場から出て、ウォーク・オブ・フェイムの自分のプレートのとこまで行って、顔だけの肉塊になってるデミ・ムーアがプレートのところまで這っていって、夜空の星星を見上げてほっとして消滅。
肉塊は翌朝、掃除されてあとかたもなくなくなる。おしまい。スターのままでいたい、いつまでもスターでありたいと願うことがいかに不幸なことか。
なんかさ、平凡であることに価値を見いだせない人生って不幸ですねって感じ。そもそもが幸福を感じなきゃいけない、成功しないと意味がないと思うことが普通っていう世界がどうかしてるんだけど、そこから逃れる方法はない。
うーん、刺激が強い映画だったなあ。どぎつくてもう見たくない、満足だって感じだけど、また見たら見たで楽しめそうでもある。色使いやカメラワークが中毒性あるんだよなあ。
クレイジーで謎すぎるサブスタンスの世界。朝っぱらからあんなエロ全開のフィットネス番組やってるってどうなってんだみたいな。年末の特番が裸のダンサーたちの踊りってどういうこったみたいな。
デミ・ムーアのブチギレクッキングも刺激的。引退祝いのプレゼントでフランス料理のレシピ本をもらう。若くもなく美しくもない年寄り女は家庭にはいって料理でもするのが幸せだよっていうメッセージ。
こんなもんくそくらえだ~って、テレビでマーガレット・クアリーがインタビュー受けてるのを見ながら、ブチギレクッキングするデミ・ムーア。いや、わかるけど、わからない、謎すぎるシーンだ。
極端な接写にビビッドカラーが鮮やかな画面の色彩。刺激が強い。後半のモンスターの造形もなあ、手作り感があって、昔の80年代とか90年代のモンスター映画みたいでなんか懐かしい感じもするし。いや、でももう見たくないな。
単純にグロいシーンが後半多いので、血がドバドバ、肉塊がベチャベチャみたいなのが苦手だときつい。
老いたくない、スターのままでいたい、いつまでも崇め奉られたいという欲望にとらわれた人間が、一人で騒いでるだけなんだ。見苦しくて悲しくて、見てられない。でも見たい、でも見たくないみたいな。