時代は大正。藤田まことは曾我廼家明蝶の葬儀屋で働く青年。藤純子は曾我廼家明蝶の娘。当時の葬儀は行列で歩いて仏さんを運んで焼き場や葬儀場に移動していくのが普通だった。
今はそういうのはとんと見かけないですね。地方ではそういう風習が残ってる地域もあるのかな?
まあ、葬儀屋同士の競争も激しくて、あの家で亡くなったという情報がくるとうちで葬儀をやってくださいと仕事の取り合いになることもしばしば。
葬儀屋として、大きな盛大な葬儀を取り仕切ることができることが何よりも名誉、葬儀屋の格を上げると日々奮闘する藤田まこと。
戦争が始まって徴兵されて、支那送りになるところをこれは死んでまうということで、長門裕之といっしょに醤油を飲んで腹こわして除隊になる。
戦争特需で景気がよかったのも終わり不景気になって葬儀屋もこのままではジリ貧で希望もないということで、藤田まことは霊柩車で仏さんを運ぶ葬儀を考えつく。これなら時間もかからんし、これからは車社会がくるということで。
親代わりの曾我廼家明蝶からは勘当される。そないな罰当たりなことできるかと古い慣習を壊すような藤田まことのアイディアには賛同してくれない。藤純子も家を出て藤田まことといっしょに運送屋やってる長門裕之のとこに転がり込む。
1年経っても霊柩車葬儀はかんばしくなく事業は立ち行かない。長門裕之とも険悪になってもうだめかってなるけども、貧乏人でも安く葬儀できるというサービスの原点に立ち返り注文がくるようになって持ち直す。
葬儀屋は大きくなって順調に成長。他の葬儀屋の嫌がらせなんかもありながら、なんとか切り抜けでっかい葬儀を無事にやり通す。曾我廼家明蝶との和解もあったりして、最後は、曾我廼家明蝶を昔ながらの様式の葬儀で見送りおしまい。
葬儀はアイディア勝負やない、人情やっていうね。霊柩車があたったんじゃなくて、貧乏人から金持ちまで明瞭会計、ちゃんとした葬儀ができるサービスがうけたってわけやね。
ど根性人生コメディ。藤田まことのコメディアンとしてのおもしろさ、藤純子の軽さもいいし、けっこうおもしろかったですね。