三谷幸喜作品はどれもそう。舞台だったらおもしろいのかも、映画だときっついなあみたいなの多くないすかね。「ギャラクシー街道」とかさ。舞台だったら楽しいんだろなって。やっぱり三谷幸喜氏は舞台の人で映画の人じゃないんじゃないか。
でも映画をいっぱい作ってるから映画が好きなんだろう。なんか昔のビリー・ワイルダーとかそういう時代の映画が好きなのかなあって感じます。
お話は一応ミステリー・サスペンスみたいな感じです。大富豪の詩人、坂東彌十郎の妻、長澤まさみが行方不明になった。ことを公にしたくないので、刑事の西島秀俊らに捜索を頼むのだが、西島秀俊は長澤まさみの元夫なのだ。
現在のスオミ(長澤まさみ)と自分が知っている長澤まさみとは性格が別人でギャップがありすぎることにショックをうける西島秀俊。そこにスオミの元夫たちが集まってきて、それぞれが語るスオミの姿がまるきり噛み合わないことに戸惑う。
長澤まさみは5人と結婚してた。
現在のスオミは料理上手でテキパキ車庫入れもうまい。西島秀俊と結婚していたときは、料理ができずなにも決められない優柔不断。まあ、西島秀俊がなんでもかんでも自分勝手にやってただけだけど。
最初の夫、遠藤憲一のときはギャル?遠藤憲一が教師で長澤まさみは生徒だった。それからえーっと、小林隆のときは中国人。小林隆は西島秀俊の上司だっけ?長澤まさみが中国語を喋るので小林隆はいっさいなに言ってるかわかってなかった。
マルチまがいやって今ユーチューバーの松坂桃李と一緒のときは頼れる相棒って感じの女。そのときの夫によって、まったく違う女になっていたスオミ。いったいどれが本当のスオミなのか。いったいスオミは誰を愛していたのか、誰も愛していなかったのか。
誘拐犯人からの電話があって長澤まさみは誘拐されたらしいことがわかって身代金を払うことになるのだが……みたいな。舞台は詩人の家に固定されていて、そこで元夫たちがぺちゃくちゃおしゃべりして
ときたま過去の回想シーンでおれと結婚してるときはこうだったって長澤まさみが出てくるっていう構成です。舞台だったらおもしろいのかも?みたいな。映画だとやっぱりきついなあっていうね。
見てるのがけっこうつらかった。なんかさ、映像もしょぼいし。大富豪の詩人っていう設定だったらさ、もっとけばけばしいぐらい大金持ちな家にしたらいいのに。普通に豪邸だけど、地味な家なんすよ。もっとお城みたいな家にすればいいのにね。
ずっと場所固定なんだから、もっとこった家にしてほしかったなあ。
見た目のおもしろさ、楽しさいっさいなし。なんかもっとさ、元夫たちの衣装とかキャラ設定を濃くしてくれたほうがよかったのになあ、なぜか地味なんすよ。
ただのおっさんたちの集まり。
映画だから地味にそれらしくしようってことなのかもしれないけど、見た目は普通の映画ふうなのに、登場人物たちのセリフやふるまいは舞台のそれなので違和感しかない。
舞台だったら、その場のライブ感、役者の身体性、熱気、みたいなもので成立するやりとりなのかもしれないけど、映画ではまったく成立しない。
映画だとライブ感が削ぎ落とされてしまうから、成り立たないんだよなあ。
詩人の坂東彌十郎が世間的には貧しいつつましいキャラで、実際は横暴で成金で自分大好きニンゲンだというのを描くのに、スイカを食ってその場に種をはきまくるとか、ハンバーガー店のポイントにこだわるとか
その場だけのおもしろ風ムーブだけで描くのとか、舞台だったらくすっとしておもしろいのかもしれないけど、映画という映像作品でこういうのやっても伝わらない。
うーん、なんかきついなあっていうとこ多かったなあ。誘拐犯からの電話で、なぜか誘拐犯の声を聞かせてくれない。なんで?ボイスチェンジャーの声とのやり取りでおもしろやりとりとかやってくれてもいいのに、誘拐犯の声は聞こえない。
オープニングで西島秀俊と瀬戸康史が作業着姿でやってくるのは黒澤明監督の「天国の地獄」のパロディかな?
うーん、なんだろなあ。見てて、これどうすんだろうって、最後なにかあるのかな、って不安な気持ちになってしまった。狂言誘拐なんだろなって最初に思って、実際そうなので、とくに意外性のある展開はないし。
おじさんたちがなんかしゃべってるだけで楽しくないし。長澤まさみのキャラ演じ分けは、うまいもんだなあって思ったけど、役者としてきっちり仕事してますねとしか思えなくて、おもしろくないし。
最後、狂言誘拐だとわかって長澤まさみを元夫たちがかこんで裁判みたいになるんだけど、そこで長澤まさみがそれぞれの夫のときのキャラに変わって喋る。遠藤憲一のときはお下げ髪で、自分の手で髪をつかんでおさげにしておっさん!とか言うのが変すぎた。
西島秀俊と一緒のときは、自分で前髪が目にかかるようにしてボソボソ喋るとか。おもしろいおもしろくないとかじゃなくて、俳優として芸達者だなとしか思わないし。
ちゃんとお仕事してるなあって感じです。
長澤まさみが自分で髪をおさげに持ったりするのは、舞台的な見せ方だなあって感じです。普通の映画だったら、ああいう見せ方しないですよね。
最後のヘルシンキはボブ・フォッシーですかね?意味不明だけど、このシーンはけっこう好きだなあ。ああいうミュージカルシーンを20分に1回ぐらい見せてくれたら楽しかったのに。
男にあわせて姿をかえる生き方をしていた長澤まさみがほんとうの自分としての人生を始める儀式としての狂言誘拐騒ぎ。そういうことですかね?よくわからない。
長澤まさみの目的はよくわかりません。どういう人なのかもよくわからない。結婚詐欺師っていうわけじゃないですよね?別に男たちを騙して金銭をとってたとかじゃないみたいだから。
成り行きで男と出会って、成り行きで相手好みの女を演じて、その連続で結婚と離婚を繰り返してただけの人ってことなんすかね?よくわかんないなあ。
女一人に複数男が振り回されるという構図のお話がやりたかっただけなので、長澤まさみのことはどうでもよかったのかな?
なんかそれにしてももっとうまい描き方できたんじゃないかっていうね。まあでもとくに文句を言う気にもならない。
三谷幸喜作品だから、こんなもんだろなっていうね。つまらないとも思わないし、おもしろいとも思わないかな。
貶す気にもならないし、絶賛する気にもならない。三谷幸喜の映画作品に慣れ親しんでる人なら普通かなぐらいの感じで楽しめるんじゃないかな。