スキップしてメイン コンテンツに移動

『ワン・バトル・アフター・アナザー(原題:One Battle After Another)』【映画のあらすじとネタバレ感想】


ポール・トーマス・アンダーソン監督、アカデミー賞作品賞受賞作。最後の締めくくり方でどっちらけ。最後いまいちだったら、全部いまいちになっちゃう。まっちゃん生きてたんか!って笑ったけど、処分されて悲しかったなあ。ショーン・ペンが軍人コントしてるまっちゃんにしか見えなくて、変な笑いがずっとこみ上げてきた。

とにかくショーン・ペンの映画だったなあ。まっちゃんにしか見えなくて、もうこの映画ちゃんと見るのは無理だって最初の登場シーンからなっちゃった。

歩き方とか、への字口したとぼけた感じの表情とか、うつろな目つきとか体型とか、え?軍人コントしてるまっちゃん役をショーン・ペンがやってんの?としか見えなくて。

演じてる役もまっちゃんっぽくて笑ってしまう。ドMでナイーブ。筋肉鍛えまくってマッチョを気取るけど、中身は繊細で幼稚で純朴な子供みたいなやつ。まっちゃんそのまんまじゃんみたいな。

なにこれ。ショーン・ペンは役作りの参考にまっちゃんをしたのかと思うほどまっちゃん味がすごかった。

娘にTシャツがピチピチで靴は上げ底ねって言われて、おれはゲイじゃないぞ!って慌ててたのも、まっちゃんの往年のコント見てるようで、もう映画じゃなくてコント見てる気分になっちゃったなあ。

普通に歩いてるだけなのに、変な笑いがこみ上げてきて大変だった。

お話はテロリストの話。レオナルド・ディカプリオはフレンチ75っていう過激派グループに所属してた。不法移民の取り締まりに反対して爆弾騒ぎをあちこちでおこす爆弾魔。

グループのメンバーで過激な女闘士テヤナ・テイラーと男女の仲になる。彼女はテロ行為によって性的な絶頂を得るタイプでそのエクスタシーのためにテロ活動してるような人みたいでした。

鉄塔に爆弾しかける作戦のときに爆発と同時にやろうよってその場でおっぱじめようとしたりとかさ。ディカプリオは、いや、逃げなきゃって言ってるのに、やろうよやろうよってその場で爆発にあわせてエクスタシーしようとする。

この人たちにとってテロは遊びなんだな。自分のテンションあがって気持ちよくなるためにやってる遊び。思想とか理想とかありません。ただのオナニー。

不法移民の取り締まりをやってる部隊をひきいてるのがショーン・ペン。過激派たちの天敵。彼はひと目見てテヤナ・テイラーに惚れてしまう。性的にドストライクで勃起しっぱなし。

ショーン・ペンは白人至上主義者で移民を排斥する仕事してるのに、じつは黒人好きでドM。強くてセクシーな黒人女に犯されたい願望があるM男なんすよ。なんでこんな仕事してんだ。

普通に暮らしてたらこんな不幸な目にあわずにすんだのにってちょっとかわいそうに見えたなあ。

そんで脅してというかなんというか、テヤナ・テイラーを誘ってホテルで一夜のプレイを楽しむ。テヤナのほうも危ないことやってエクスタシーを感じるタイプなので、誘いにのっちゃうんすよ。ノリノリでドM男をせめるS女プレイを楽しむ。

その後、テヤナ・テイラーは妊娠出産。デカプリオはもうおれたち子供もできて家族になって家庭ができたから過激派活動からは足をあらって地味に暮らそうやって言う。遊びの時間は終わったんだんだって。だけど、テヤナ・テイラーはそういう暮らしをのぞまない。

そういう平穏な暮らしでは、イケないから。刺激がないと絶頂をむかえられない体質なので。いつまでも遊んでいたい子供みたいな感じ。デカプリオが子供のことばっかりで、自分のほうを見てないとかいって、子供に嫉妬をおぼえるとかで、二人の仲は急速にさめていく。

テヤナ・テイラーたちが銀行強盗に失敗してとっ捕まる。

ショーン・ペンとテヤナ・テイラーは仲間の情報を売るかわりに、証人保護プログラムで逃がすという取引をして、仲間はつぎつぎと逮捕されたり殺されたりしてフレンチ75は壊滅状態になる。

レオナルド・ディカプリオはまだ赤ん坊の子供をつれて逃げることになります。ショーン・ペンはテヤナ・テイラーのもとを花束もって訪れるんだけど、わたしはあんたのプッシーじゃないという置き手紙でテヤナ・テイラーは失踪して行方知れず。

ショーン・ペンの恋心はとどかなかった。ショーン・ペンにとっての夢のような理想の女テヤナ・テイラーにふられて傷心のショーン・ペン。

ときは流れ、ショーン・ペンは過激派グループの取り締まりで目覚ましい功績をあげたことによって、白人至上主義の秘密結社に入らないかという誘いをうけていた。はいるにあたって身辺調査されることになる。

ひとつ心配の種があって、テヤナ・テイラーの出産した子供の父親はもしかしたら自分である可能性があった。黒人とのあいだに子供がいるなんてことになったら秘密結社にはいれない。確かめてそうであれば抹殺しなければと、子供探しを始める。

まあ、それでなんも知らないディカプリオと娘は15年だっけ、普通に隠れて暮らしてて、ディカプリオは酒とドラッグ中毒でラリってるおっさんになってた。どうやって暮らしてんのか謎です。生活費はどうなってんだろ。

母親はグループの英雄で死んだと聞かされていた娘は先に仲間が危険を察知して身柄を確保。安全な場所へ逃がそうと動いていた。レオナルド・ディカプリオは娘と落ち合う場所を聞こうと組織に電話するんだけど、合言葉の暗号を忘れていて確認がとれないから教えてもらえない。

組織からはなれて長いし、アル中薬中で頭も死んでるから、忘れちゃってて、ぜんぜん埒が明かなくて困る。娘が空手ならってる道場の先生、ベニチオ・デル・トロに協力してもらってなんとかやります。ベニチオ・デル・トロも別の組織で移民の保護とかやってる人。

まあそんで逃げる娘、それを追いかけるショーン・ペン、そこに合流しようとするレオナルド・ディカプリオって感じのアクションが続く。

映像は極端にクローズアップが多用されてます。画面の半分以上が役者の顔とかで、これがすんごく疲れた。遠景のショットがほとんどない。画面が顔、顔、顔でずっとそればっかで、見てるのがなんか疲れちゃった。

音楽もさ、ピアノの鍵盤を無造作に叩く反復ミニマル・ミュージックみたいなのが続く。なんかこれも単調でつかれる。もういいよ、またかってなる。

映像的にはほんとメリハリと奥行きがなくて残念な映像だったです。

最後のほうで一本道のアップダウンで車のチェイスシーンがあったんだけど、これもなあ、うーん、単調というかなんだろっていうか、なんで正確な場所があいつらお互いわかるんだって感じでした。

お互い誰が誰を追いかけてるのか、逃げてるのかわかって運転してんのかな。なにがなんだかわかってなさそうだったけど。

いや、白人至上主義の秘密結社の幹部のやつ、じきじき本人が出てくるんだっていうおかしみはあったけどね。手下とかにやらせず自分でアメ車ころがして始末しに来てておもしろかったけど。休日にゴルフ行くときみたいなかっこうしてて笑えた。

なんだっけ、その前にかくまわれた教会で娘はショーン・ペンにつかまって、DNA親子判定の装置でショーン・ペンの娘かどうか確認することになってて、あれ、線がでたら血の繋がりがあって親子っていうことだったから、娘だったということですよね。

娘だとわかったので、始末しなきゃってなるんだけど、ショーン・ペンは自分で殺せないから、チェロキー族かなんかのやつを雇ってて、そいつに処分を依頼するんだけど、そいつも子供は殺せないと断る。

じゃあ、別のそういうことする荒っぽい組織に引き渡せって言われて、娘をそこまで送り届ける。受け取った先の組織で着々とどっかに運ばれて処分されるんだなっていう準備がされていくんだけど、なぜか突然チェロキー族のおっさんが裏切って暴れ出す。

騒ぎにじょうじて娘は逃げ出す。なんかここの展開で白けてしまった。こんな絶体絶命の状況なのに、なんでこんな変な幸運がおきるのかって。ここでさめちゃった。

子供は殺さない主義なのはわかるけど、かといって自分の命を捨ててまで救おうとするのかな?なんかもっとうまい危機の乗り切り方考えてほしかったよ。

ここでさめちゃたので最後のデカプリオとの再会シーンも白けムードになっちゃいました。

白人至上主義の幹部のやつによってショーン・ペンの車が撃たれてクラッシュしてショーン・ペン死んだと思ってたら、生きてたっていうのはなんか嬉しかったですけども。

ショーン・ペンは気持ち悪くて情けなくてどうしようもないけど、すごく親近感を感じてしまうキャラクターでした。これは自分ではないかって。自分がどういう人間か、どういう性質の人間かを認めてその通りに生きる勇気さえあればいいのに、それができなくてドツボにはまっていく。

その後、ショーン・ペンは怪我で顔がひんまがってるけど、秘密結社の面接うけてて、黒人と関係をもったことを、逆レイプされたのでありますと弁明してそれが受け入れられて合格になって、ここが君のオフィスだよって案内されるんだけど、

オフィスに毒ガス流されてショーン・ペンは死亡。死体はダストシュートで焼却炉におくられて始末されるという悲しい結末をむかえるロックジョー。

秘密結社はクリーンでないものの入会を許さない。不純物は処分される。

いやあ、悲しいですね。彼には生きていてほしかった。というかなんであんなまどろっこしいことするんだろっていうね。普通に銃で撃って殺そうとしてたのに、なんでこんな小芝居してから処分すんのっていう、これまたしらけるというか。

無事に生還した娘とレオナルド・ディカプリオ。いまこそ君にすべてを話そう、お母さんからの手紙だよって渡されて、チェイス・インフィニティが母の言葉にふれて感動。

どっちらけ。傍受した無線からデモの情報が流れてきて、娘は参加するために飛び出していく。買ったばかりのスマホのセルフィー機能のライトがでないと悪戦苦闘してるディカプリオがほどほどにしとけよと見送る。

革命闘士の母親の血は娘にもしっかりと流れているのだったみたいなエンディング。おしまい。

なんかほんと白けるエンディングだった。

前半、中盤、物語が流れていくのに身をまかせればいいので退屈はまったくしなくてよかったんだけど、最後の締めくくり方が、なんかほんとしょうもないというか、めでたしめでたしで終わらせてて、別になんもめでたくはないようなって感じなんだよなあ。

母親は裏切り者で行方不明のまま。本当の父親は変態のショーン・ペン。育ての親はアル中で薬中のレオナルド・ディカプリオ。なにがよかったよかったなのか。

結局、なんだったのみたいな。いや、そりゃ娘が生きてもとにもどってよかったというのはそうなんだけど、なんもカタルシスおきないというかなんというか。

レオナルド・ディカプリオのダメオヤジぶりもただの表面的なものにすぎない。デカプリオ様は演技はうまいのに、役に恵まれないなあ。今回は騒いでるだけの役でこりゃ演技を評価されないわ。

父親と娘との関係も今回のことがあったからどうこうなった、深まったとか誤解がとけたとか、なんかそういうドラマも感じないし。

最初、娘がレオナルド・ディカプリオにめちゃくちゃ反抗してて、ぜんぜん言う事きかないとかで、最後に和解するとかならわかるんだけど、

めんどくせえ父親だなぐらいで、ちゃんと言う事はきいてるし。まあ、内緒でスマホもってたりはしたけど、基本的に父のいうこと聞いて育ってる素直な娘なわけで、最初から。聞き分けよすぎ。あんな四六時中ラリってるやつに育てられてなんであんなにまともに育つのか。

誰が世話したんだろ?

親はなくとも子は育つってか?んなわけねえだろ!ディカプリオは生活費をどこから得てるんだ。ヤクの売人でもやってんのかな?組織とは疎遠になってるっぽいから、組織からお金が入ってるわけじゃないと思うけど、そのへんの描写ありましたっけ?

母親は英雄ではなく、裏切り者で子供はエクスタシーの邪魔だからと自分を捨ててどっかいった。本当の父親はド変態で自分の存在を抹殺しようとする。育ての親のデカプはイクメン気取りのうざいイタイおっさん。

いっぺんに重たい事実をつきつけられて娘ちゃんはどうにかなってもいいもんだけど、どうにもならない。闇落ちでもしてもおかしくないのに普通にディカプリオと元通り暮らしてるし。

裏切り者で娘なんかいらないと自分を捨ててどっかいった母親からの手紙をよんで感動するかな?なんだこれみたいな。

まあ、カーチェイスのところで錯乱して、てめえは誰だってデカプリオに言ってましたけどすぐおさまったんだ。娘の絶望とか怒りとかそんなもんなの?って。こんなもんですまないだろ。

なのでぜんぜんドラマないんだよなあ。

うーん、この設定ならレオナルド・ディカプリオは奮闘むなしく最後に全部失うっていう結末にならないとおかしくないすかね?悲劇的なエンディングをむかえるのがふさわしいのに、こんなお気楽なノーテンキな最後にしちゃってどうすんの。

娘の自立物語にするんなら、最後、娘はディカプリオを捨ててどっか行かないとおかしいし。そうなったほうがよかったよ。裏切り者で自分を捨てた母親、自分がやったことの責任をとらずに酒やクスリでラリって言うことだけはいっちょまえのクズ父親。

そういう両親につばをはきかけて出ていく娘っていう最後だったら痛快で傑作だったのに。どうしてだよ~って泣くレオナルド・ディカプリオをベニチオ・デル・トロセンセイが、子供はいつかは巣立つものだ、喜んであげようと慰めるみたいな終わり方ならなあ。

なんかレオナルド・ディカプリオ世代のおっさんの甘えみたいなのを感じる気持ち悪いエンディングだった。

若いときに好き勝手遊んでさんざんひっかきまわして、中年になってからその責任はとらずうやむやにして、最後は、子供世代におれたちの世話してくれよ~、それが当たり前だろ~、おれだってがんばってるよなあっ、おれは父親だぞ~て平然とよりかかってくる。

まったく責任もはたそうとせず役にも立ってないのに。デカプリががんばってるのは、おれの老後の面倒誰がみてくれるんだ、おまえだろ、って思ってて、それで必死に娘と合流しようとしてるように見えてしまった。

まじめに戦ってないんだよ。テロも自分が気持ちよくなるためにやってただけで、戦いではなく遊び。

その遊びにあきたら今度は父親ごっこですよ。娘が大事で守りたいなら、もっとちゃんとするだろ。ヤクやって酒のんで酩酊してなんてやってないよ。

普通に子育てするだけでも大変なのに、逃亡生活しながらでもっと過酷なはず。ラリってる暇なんかない。人生かけてまじめにやりなおして、全力で娘をまともな世界にとどめようとする。それが戦いってもんだ。

デカプリオは戦ってない。遊んでるだけ。ショーン・ペンのほうがよっぽど戦ってた。生きづらさ満載の性をかかえてどうにかしようともがいてて、人間らしさがあったよ。なのに救われない。戦って戦ってがんばったやつがむくわれなくて、遊んでヘラヘラしてるやつがいい目を見る。

この映画のエンディングは最低だ。最後、ディカプリオは一人ぼっちになって、泣きながらドラッグやってまたいつものようにラリって終わるみたいにならないとダメだろ。

聞き分けのいい娘と楽しく暮らしましたとさって、なんだよこれって。どんなおとぎ話だ。

現実が悲劇的で悲惨すぎる時代なので、逆にフィクションではお気楽で甘い結末のものが作られるのかもしれないですね。世の中が平和で景気がよくてみんな浮ついてる時代は、逆に悲劇的な悲惨な物語がうける。

こういうお気楽なエンディングの映画が作られて、それが賞までとるっていうことは、今の現実の状況は相当悪いってことだ。

さすがPTA、映画をわかってるねとか悦に入ってる映画マニアのおっさんたちに絶賛されるわけだ。自分たちを肯定してくれる気持ち良い映画だから。好き勝手やって遊んで責任とらずにラリっててもすべて丸く収まりますっていう都合のいい話だもんね。

まあでも、軍人コントやってるまっちゃん役を演じているショーン・ペンが見れて笑えたので、それだけでよかったです。