エルヴィスの歌うシーンはあるにはあるのだが、なぜか牧歌的なスローでおとなしいバラードばっかり。フォーク歌手のエルヴィス。後半になってやっと監獄ロックやって、ファンキーでごきげんだぜってなるんだけど、それも短い間だけで、ほとんどが真面目な劇。
つまらんケンカで相手を殴り殺して服役した若者が、出所後、歌手を目指してなかなか売れないけどレコードが売れて火がついてスターになっていくストーリー。
最初田舎っぺでぱっとしない、それがだんだんスターっぽくなっていく。そういう役をまじめに演じているといえばそうなんだけど、別にプレスリーにまじめな演技をもとめてないんだけど、もっと歌ってるとこが見たいんだけどみたいな。
最初から全開でエルヴィス・プレスリーのロックをやってほしいもんです、見てるこっちは。
これ当時、どういうつもりで作ったんすかね。音楽映画としてもっと歌うシーンばっかりにしちゃってもよかったと思うんだけど、そうしなかったのはなぜなのか。
エルヴィス・プレスリーは普通の役者として普通に演技したかったのかな。よくわからない。ジェームス・ディーンみたいな俳優になろうとしてたのかな?
エルヴィスのファンが見ても満足できないし、ファンじゃない人が見ればもっと満足できない中途半端なものになってる。
監獄ロックのところだけ見れば十分。ほかのシーンはとくに見なくてもいいかな。
お話は陽気な労働者のあんちゃんが、酒場でケンカして相手を殴り殺してしまって服役。同房の囚人が元フォーク歌手のおっさんで、ギターの手ほどきとかうけて歌をおぼえて、所内の演芸会で歌うとそれがTV放送されてて、ファンレターが殺到するほどの反響がおきる。
しかし、同房のおっさんはファンレターのことを隠しておいて、出所したら、おれとコンビを組んで分前5分5分でいこうやとエルビスと契約書をかわす。エルヴィス・プレスリーは自分に人気者になる素質があることも知らないし、
歌もまじめにやってないので軽い気持ちで契約書にサインをしてしまう。先に出所したエルヴィス・プレスリーは音楽関係の仕事をしている女性と知り合う。彼女はエルヴィスの魅力を見抜いてレコーディングに誘う。
これはいけると、あちこちのレコード会社に売り込むがなかなか芽が出ない。自分らで会社つくってレコード作って売ったらええねんと心機一転がんばります。ラジオ局に売り込みにいってコマーシャルのBGMとしてレコードを使ってもらったら、リクエストが殺到。レコードは売れ始めて成功しはじめる。
同房だったおっさんが出所してきて、あの契約しただろ、だからおれも歌わせてくれといっていくるんだけど、
エルヴィスには敏腕弁護士がついているので、あんなだました契約は無効だぜってなる。イーブンは無理だけど、テンパーで身の回りの世話役だったらOKだぜって言っておっさんとあらためて契約する。
年に100万ドルは稼ぐ、その10%だからすごいもんだってわけ。
映画に出演したりしてビッグスターとなっていくエルヴィス・プレスリーだが彼は満たされない。エルヴィスとプロデューサーの女性が一緒につくったレコード会社を大手のレコード会社が買収するという話がもちあがる。
エルヴィスは売ると彼女に話をする。すごい儲けだろ、文句ないだろって。でも彼女は、お金お金お金、すべてをお金ではかるエルヴィスに嫌気がさしてケンカになってしまう。
同房のおっさんも怒って、エルヴィスとケンカになってパンチが喉に命中してエルヴィスは大怪我をノドに負ってしまう。
入院して手術は成功。仲直りして、退院したエルヴィスだが、前のように歌えるのかわからず不安な気持ちがぬぐえない。
みんなの励ましで、もう一度歌ってみると歌えてハッピー、そしておしまいかな。
チンピラの若者が音楽でスターダムをのぼっていくというポイントが、石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」を連想させますね。どちらも1957年の映画なんだ。
日米で人気スターが同じような映画にでているという奇妙な一致。
当時の音楽シーンがそうだったのかな。古い音楽から新しいロックな音楽が出てき始めて大きな変化がおきていたから、こういう映画が期せずして日米で作られたのかな。