グレン・パウエルは地味な心理学の大学教授。副業で警察で働いてます。おとり捜査の裏方やってたんだけど、殺し屋役の捜査官が問題おこしてこられないということで、急遽グレン・パウエルが殺し屋役をやることになる。
食堂で依頼主と会って、殺しの依頼を聞き出してはっきりとだれだれを殺してくれと言わせて報酬のお金も受け取って、おとり捜査成功。すげえな、おまえ、演技とは思えないって同僚たちが感心する殺し屋なりきりぶりです。
それからグレン・パウエルはおとり捜査でさまざまなタイプの殺し屋を演じる。依頼人がのぞむ殺し屋を見事に演じて依頼人は安心して殺しを依頼して、つぎつぎとお縄に。
役作りが毎回こってる。依頼者の資料を読み込んで、こういう殺し屋がいいだろうって、かつらや衣装にもこって話し方や性格までいろいろと演じます。
もともと愛車はシビックで生徒からもあまり人気もない地味な男が、いきいきと殺し屋役を演じる。もともとそういう要素の自己もあって、それが演技によって引き出されてるってことですかね。
まあ、そんである件で出会った依頼人アドリア・アルホナと楽しい会話で意気投合。いつものように殺しを依頼させて捕まえるんじゃなくて、夫と別れて報酬の金で新しい生活を始めろとアドバイスする。
アドリア・アルホナは夫殺しを依頼しようとしてたんだけど、グレン・パウエルの言葉をうけてそうすることにします。
また連絡してきた彼女とあって意気投合。そして二人は恋仲に。アドリア・アルホナはグレン・パウエルは殺し屋だと思ってる。お互い仕事のことはぬきに付き合おう、詮索なしでってことで甘い逢瀬を重ねる。
彼女と知り合って深い仲になったことによって、めんどうなことになるっていう展開です。
なんかおもしろそうでしょう?でもぜんぜんおもしろくないんだ。まず、グレン・パウエルがダメだ。コメディに向いてないです。
大げさな演技がまったくできない。おふざけができない。見ててほんとに地味でつまらない。
地味な特徴もない男が、殺し屋を演じたら生き生きとしちゃうっていう役なのに、普段も殺し屋役のときもどっちも地味でめりはりがないです。
なんかこうアクの強さっていうかな。見るからに別人になったなっていうわかりやすさがない。
グレン・パウエルは真面目系の役者なのかもしれない。イキったおふざけ演技が得意ではないのかも。
ストーリー展開もなあ。だましてるつもりがほんとは彼女のほうが彼を利用しようとしてるのかもみたいなスリルある展開になりそうかと思ったらならない。
後半の展開のいまいち感がすごいです。アドリア・アルホナが悪女っていう話にしてもよかったような気がするんだけど、そこまではっきりと悪女にはしてない。
まあ、夫を殺して平気だし、ゆすってきた刑事に平然とクスリもるし、もともと危ない女ではあるんだけど、全部計画してたというわけじゃなくて、いきあたりばったりでそうなったってかんじだった。
グレン・パウエルは彼女にほれちゃってるから、彼女を助けるために悪いことしちゃいます。追い詰められてやばいことなって、さあどうすんだ、この難局をきりぬけるうまい方法があるのか、
って見てたら、普通に殺しててなんだよ~って。
こいつは鼻つまみものだから死んでも、誰も困らないし厄介払いできたで済むだろうとか言って、頭にビニール袋かぶせて窒息死をさせる。けっこうひどいことを平然とやってました。
殺し屋を演じすぎて殺し屋的思考をするようになってしまったのか。
そんでときがすぎ、大学で教えているグレン・パウエルと幼い子供とアドリア・アルホナが幸せな家庭を築いていますっていうエンディングです。
うーん、これでいいのか……。
なんか笑えるわけでもなく、ブラックジョークっていうわけでもなく、皮肉がきいてるわけでもなく、ただただいまいちだなあみたいな。
殺し屋の演技のひとつでクリスチャン・ベールの「アメリカン・サイコ」のベイトマンみたいなかっこうしたのはけっこう笑えたけど、それぐらいかなよかったのは。
最後にこの話のモデルになった人の写真と経歴紹介みたいなのがでてきた。おとり捜査で殺し屋役をやってたという部分だけがほんとうであとは創作みたいですね。そりゃそうか、グレン・パウエルは最後殺しをやって幸せにってそりゃ現実じゃないよなあ。
こういう現実でのおもしろそうな事件や人物をもとにした映画って意外とおもしろくなりませんね。どうもこじんまりとおさまってしまう。
フィクションなのに飛躍がない話になっちゃう。現実でおきたらおもしろいっていうことでも映画やドラマのなかの出来事になっちゃうと普通だねってなっちゃうからかな。
普通の人が殺し屋を演じておとり捜査をうまくやってたって現実で聞くとおもしろいねってなるけど、それをそのまま映画でやっても、うーん、別にそれってよくあるよねって感じる。
現実では職業殺し屋が存在しないけどフィクションのなかでは当たり前に殺し屋が出てくる。この映画のなかでグレン・パウエルが数々の殺し屋映画を引用して
殺し屋というファンタジーが人々のなかで根付いていて、その幻想を利用することでうまく殺し屋を演じられるといっていた。
映画自体がそういうものかもしれないっすね。幻想、ファンタジーが映画のなかに存在して、ひねりっていうか現実からの飛躍があるから人は映画にひきつけられる。