会社は順調に成長中。家族とも良好な関係。ただニコール・キッドマンは夫とのセックスで絶頂を味わったことがないのが悩みだった。冒頭シーンで夫とやりおえたあとにすぐにパソコンでエロ動画みて一人でやってて、うわー、きついの始まったなって思ったね。
エロティックドラマとか、エロティックサスペンスとかそういうんじゃないのよ。ロマンチックものじゃないので性的なシーンが全部痛々しい。満たされなくて、なんとか満たそうともがきあがくニコール・キッドマンの姿を見せられるつづける。
なんの苦行なんだか。
性的な欲望に振り回されるっていう部分は、「ドン・ジョン」とか「シェイム」とかと同じ系譜なのか。ニコール・キッドマンは服従したい願望がある。犬のように男に服従して命令されたり褒美をもらったりそういうのが興奮する。
夫はいたって平凡なので、その手のプレイに誘導しようとしても、ピンときてなくてのってこないし。
そんなところに、会社にインターンが入ってきて、その中の一人の若い男性が気になりだす。最初にさ、会社の前で暴走する犬がいてそれを一瞬で手懐けて落ち着かせたのがその男で、ニコール・キッドマンはビビビってくるっていうシーンがあってそれが象徴的ですね。
犬になりたいニコール・キッドマン。犬を手懐ける男ハリス・ディキンソン。服従したい女にぴったりの男登場。
インターンとして会社にいるハリスが気になって仕方がないニコール・キッドマン。笑ったのが、会社のパーティーでハリスが浮かれてダンスしてるときにはずしたネクタイが翌日掃除のときに床に落ちてて、それをもっていくニコール・キッドマン。
そのネクタイをおかずに味わいつくしてエクスタシー状態になります。匂いをかいだりしゃぶったり、おいおい食べるんじゃないかっていう勢いでハリスのことを考えていきまくる。なにしてんの……。
そんでさ、若い男の気をひくにはお手入れしなきゃって思ったのか、ボトックスを打ってしわとりしたりとかやるんだ。娘にはなんで注射なんかしたの、死んだ魚みたいな表情って言われてしまうけど、ニコール・キッドマンはハリスのことしか見えてない。
でもさ、気のないふりするんだ。あんたなんかインターンでしょ、わたしはCEOで家庭もあってまったく関係ないわみたいなふりするんだけど、ハリスにはそれが嘘なのがばればれで、ハリスはズカズカとニコール・キッドマンに近づいていく。
いけないわとか言いながら、ハリスの言いなりになっていくニコール・キッドマン。ホテルに呼び出されてノコノコ行ったりとかさ。あなた命令されたい人ですよねってズバリ言われてなんも言えなくなったりしてた。
注文してないミルクがニコール・キッドマンのとこに運ばれてきて、それがハリスのやったことだと気がついたニコール・キッドマンは牛乳を一気飲み。ハリスにいい子だって耳打ちされて、ニコール・キッドマンはハリスにどんどんひかれていく。
牛乳ってさ、おれの汁飲めよってことっすよね?ゴックンして、いい子だってことですよね?
このインターンの若い男もちゃらちゃらしてそうなんだよ。入れ墨があちこちはいってたりするし、スーツでネクタイをだらしなくゆるめてたり、なんかちゃらそうな感じで、真面目な好青年ではないなって感じです。
それでニコール・キッドマンがプレイを楽しんでいくというのを見せていくだけです。途中でもうやめようとかなるけど、やめないみたいなのを繰り返すけど、それはハリスがもったいぶってニコール・キッドマンを興奮させるためにやってるように見えた。
そう、これこれ、これなのよって感じでニコール・キッドマンは大興奮。今まで求めていたけど、手に入らなかったものを手に入れたことでルンルン気分。
男に服従して性的に喜ぶ女というのは、男側の勝手なファンタジーでしかないと思われているけど、そうではなく自ら主体的にそういう形を望む女性もいるというのを見せたいのかな。
セックスは女は男に合わせるのが普通みたいな認識こそファンタジー。女に主体性があるのが当たり前。女にも性欲はあるし、性欲の満たし方はそれぞれあるんだっていうね。
最後にさ、ゲス男が全部知ってるぜ、そういうの好きならおれんち来いよってニコール・キッドマンをさそうんだけど、ニコール・キッドマンはきっぱりと強い態度でそれを断り、なめた態度とるなよと諌める。
ニコール・キッドマンの服従したい願望っていうのは、彼女の性指向、性欲を満たす方法としてあるだけで、実際の生活のなかで男に服従したいと思ってるわけではない。
相手が誰でもいいわけじゃないんだぜって。
あと部下の女の人が、ハリスとの関係知ってます、そういうのやめてください、あなたは女性リーダーの見本なんですからって言ってたのも、
ニコール・キッドマンは、女性の社会的地位とか権力のよくない行使、パワハラとかの話と道徳とか性的趣味のことをごっちゃにしてる意見だわって反論する。
ニコール・キッドマンは権力をつかって下の若い男を自由にしたいっていうわけじゃない。これは単なる性的欲求、彼女のなかにある性的なファンタジーにもとづいた行動ってわけ。
まあ、なんだろう、最後は修羅場になってたけど、インターンは日本企業に転職、夫のアントニオ・バンデラスとも和解で夫とのセックスでもいけるようになったってことなのかな。
それとも性的なファンタジーを一度満たしたから、納得したのか、夫とのセックスではいったふりを余裕でできるようになったのか。ニコール・キッドマンが子供のときコミューンで過ごしたって言ってたのとなんかこの性的指向が関係あったのかなかったのか。
よくわからないけど、まあ、あんまり見なくてもよかった映画ですかね。