伊藤沙莉はタクシー運転手。それぞれの現在の生活風景が描かれる。画面が暗転して少し過去の場面が描かれる。池松壮亮がケガして二人がもめて険悪なムードになって破局になりそうな感じ。また暗転して、さらに過去になって二人の蜜月時代。
いちゃいちゃ満開でラブラブカップル時代。さらに戻ってふたりの出会いの場面って感じで過去に遡っていく。そして最後に現在のシーンになって、二人がニアミスして、ちょっと昔のこと思い出してしんみりするって感じでおしまい。
池松壮亮の誕生日の日の出来事を1年毎にさかのぼってるってことなのかな、カレンダーがうつるので、全部同じ日で年が違うっていうのがわかる。
昔の彼女、昔の彼氏、昔の成就しなかった恋愛のことを、ふとしたきっかけでちょっと思い出しただけっていう物語。
いやー、この過去にさかのぼっていくっていう描き方はどうなんだろって思ったなあ。ややこしい。これっていつだっけ?って二人のどの時代のことなのか、このひとはああ、あそこに出てきてた人で、こうだからああでみたいな
今どこなのか細かいことを考えながら見てしまうので、二人の演技に集中できずノイズになってしまった。まあ、わかるんだけど、昔を思い出してるっていうのを映画の構造として見せてるというのは。
過去を思い出してる、別れから出会いにさかのぼるっていうのが仕掛けとして重要なのは。時系列いじらずに、普通の時間の流れてやったら、たいしたことないなってなっちゃうのかな。
まあ、大まかに過去にさかのぼってるというのだけわかって見てたらいいのかも。細かいあれがこうでああだからみたいなのを考えながら見てると、クリストファー・ノーランSF映画を見てるような気分になっちゃう。
恋愛あるあるシーンで、そうだよなあって共感するか、いやー、こういうこと自分はなかったなあとか、過去の思い出をちょっと思い出しながら見るのがいいかも。
共感するシーンが多い人にとっては、エモい映画。よくわからないなっていう人にとっては、退屈な映画になる。
二人の思い出の映画ジム・ジャームッシュ監督の「ナイト・オン・ザ・プラネット」が出てくるんだけど、伊藤沙莉と池松壮亮がワンシーンのセリフのやりとりをやってみてふざけたりとか、こういうことあるなあって。
二人で一緒のものみて、それを二人でふざけてやってみたり。出会いのとこでは、一緒にダンスしてはしゃいでみたりとか。
二人で同じものみて、同じことして、同じ方向見て笑ってた。そうして始まった恋愛も、なにかをきっかけに別々の方向を向いて別のこと考えるようになって終わっていく。
二人の場合は池松壮亮のケガがきっかけか。足を怪我してもうダンスは無理、普通の生活はできるけどってなった池松壮亮。落ち込んで伊藤沙莉との連絡がおろそかになる。
まあさ、人生かけてた、ダンスイコール人生だったダンサー人間がダンスできなくなるってなったら相当辛くて重くてすぐに立ち直れない。
池松壮亮としては少しのあいだ、心の整理がつくまで一人にしてほしい。でも伊藤沙莉のほうは、そういう苦しむ池松壮亮を見るのが辛くて、耐えられなくて、すぐに連絡どんどんして、元気づけようとして、こっちも辛いんだって不満をぶつけてしまう。
もう二週間も連絡くれないじゃん、踊れなくても普通の仕事してやっていく池松壮亮もいいじゃんみたいなこと言ってしまう。
いや、たった2週間で心の整理つかないよって思うんだけど、まあわかるなあ。
どっちの気持ちもわかるなあ。
ちょっとほっといてほしい、誰にもこの気持ちはわからないってなってる池松壮亮。それが辛くてはやくもとの池松壮亮にもどってほしいとあせる伊藤沙莉。
どっちも悪くないけど、すれ違っちゃうね。
来年プロポーズしよう、え?今なんていった、いや、なにもみたいないちゃいちゃしてた二人がこんなことなっちゃうとは夢にも思わない、このときの二人。
池松壮亮がアルバイトしてる水族館に忍び込んで、警備員に見つかる見つかるとか言いながら隠れておっぱじめようとしてたあつあつの二人。
終わるなんて微塵も思ってなかった恋愛が、思い出してみたらけっこうあっさり終わったんだなって。
あとはなんだろね。永瀬正敏が謎の公園ベンチおじさん役で出てきてて、これもなんか不思議というかSFファンタジー味を醸し出してて変でおもしろかった。
ベンチでずっと奥さんを待ってる謎のおじさん。
なんなんだろう。永瀬正敏のパートだけシュールなSFファンタジー味がしてて変すぎる。まあ、これもノイズといえばノイズになってたけど。
けっこう好き嫌いわかれそうな映画だったですね。
伊藤沙莉が子供すぎてちょっと笑っちゃった。子供がタクシー運転手の制服きてるように見えちゃってなんかおもしろいんだよな。ままごとしてるように見える。
でも演技は達者でうまい。そこがまた子供がうまく大人のマネしてるみたいに見えておかしみがあった。