ナタリー・ポートマンは女優。テレビ映画でヌードになってそこそこ名前は売れてるけど、名女優というわけではない感じのランクの女優。
次回作で36歳の女性が13歳の少年と関係をもって逮捕され裁判になって世間を騒がせた事件をもとにした映画に主演することになる。
事件の二人は今は結婚して普通に暮らしてて、二人のあいだにできた子供たちは大学生になろうかという年齢です。
その女性をやってるのがジュリアン・ムーア。夫はチャールズ・メルトン。それで役作りのためにナタリー・ポートマンはジュリアン・ムーアを取材する。一緒に御飯食べたり、話したり、普段の様子を観察したりする。密着取材ってやつ。
それでジュリアン・ムーアがどういう女性なのか知ろうとするナタリー・ポートマンってな感じの展開です。
ですが、なにがしたい映画なのかよくわからない。役作りにのめりこむ女優のほうを描きたいのか、ジュリアン・ムーアとチャールズ・メルトンの事件がどうだったのかを描きたいのか、はっきりしない。
どっちも中途半端でどっちもいまいちで、最後までそんな感じです。なにがしたいんだ……って思ってたら、終わった……って感じ。
ジュリアン・ムーアとチャールズ・メルトンの関係も、はっきりとどっちがどうでとは言えない感じに描かれてます。ジュリアン・ムーアは自分の思い通りに人を動かそうとする支配欲の強い女性だという面がある。
娘が卒業のドレス選びで露出がおおいドレスを選んだら、娘の気持ちを尊重してるふうだけど、別のドレスを選ぶような気持ちになるようなこと言ったりする。
ナタリー・ポートマンにも強い調子でもの言ったりすることもあるし、この人は、こういう他人にたいして自己主張強い人なんだって思うんだけど、別のシーンではケーキがキャンセルされたって泣いてたりする。
ジュリアン・ムーアはケーキを作って売ってる。チャールズ・メルトンは看護師やってる。ケーキはもういらないってキャンセルされて大泣きしてるジュリアン・ムーア。
他人を支配しようとする強い人間だと思ったのに、なんか弱いもろい精神の人にも見えてきます。
未成年の少年を誘惑した悪女なのか、それとも恋に落ちて仕方なくそうなってしまったか弱い女性なのか。なんだかよくわからない。
ジュリアン・ムーアの息子からジュリアン・ムーアと兄弟の関係がおかしかったから彼女はああなったときかされて、ナタリー・ポートマンはそれで辻褄があうと納得したりとか。
チャールズ・メルトンのほうは、なんかジュリアン・ムーアといっしょになったことは失敗だったのではと思いはじめてる感じでした。
チョウチョの飼育が趣味なんだけど、それもなんか象徴的です。幼虫からさなぎになって成虫になって自由に飛んでいくチョウ。それと自分のおかれた状況を重ね合わせているようにみえる。自分も自由に飛び立っていけたらなあって。
チョウ仲間とフェイスブックでメッセージのやりとりとかしてましたけど、親密になってる人がいるみたいで一緒にチョウが飛んでいく先まで行きたいねとかやりとりしてた。
ジュリアン・ムーアとの関係は失敗だったと思っている。
子供たちの卒業式で泣いてたのは、子供が大きくなって成長をみれたという感動ではなく、自分の過去を思い返して、失敗したという悲しみの涙なのでしょうか。
そう思うかもしれないっすね。息子や娘とならんでも父親というより兄貴っていっても違和感ないぐらい若いもんね。
まあ、そんな感じでナタリー・ポートマンは彼女が本当はどういう人かというのは、あまり重要ではなく、演技の材料がほしかっただけなので、チャールズ・メルトンとセックスしてみたりとかします。
別にどうということもない、役作りの資料集めのいっかんとしてみたいなノリで。チャールズ・メルトンのほうは本気というか、マジなのに、ナタリー・ポートマンはクールなのでメルトンは腹を立てて帰ります。
でもチャールズ・メルトンから昔ジュリアン・ムーアからもらった手紙をもらっていたのでナタリー・ポートマンは意に介さない。これはいい素材もらったで、って感じで手紙の文章をセリフにして演じてみたりとか。
役作りは完璧や!って感じ。
それで取材が終わり、映画の撮影開始でナタリー・ポートマンが演じてましたが、なんとも安っぽい感じで演じてんのよ。演技が安いというより、メイクとかセットとか相手役とかが、ぜんぶチープ。
インディペンデント系で低予算映画だとは言ってたけど、あんな感じなら、役作りのための取材とかしなくてもよかったんじゃないかみたいな。役作り意味あるのかなみたいな。
うーん、なんだったんだろう。役作りにのめりこむ役者バカの映画としても弱いし、実際にあった事件お深堀りする実録物としても弱い。